スコットランド留学記

英国スコットランドの大学に交換留学中の女子大生のブログ。

【そういえば】帰国しました。

実はもう留学ブログではありません。

・・・日本に帰国して2週間が経ちました。

 

きっとかつての真面目越の私なら、「最後の振り返りをしないと・・・!!」みたいな謎の義務感に襲われ帰国前に何かしら投稿していたと思うのです。しかし留学を通じて怠惰なスコッテッシュ気質に染まってしまった私は、パッキングもギリギリまで放置するようになりました。

 

「やばい!全然服が入りきらんじゃん!」と気づいたのは帰国前日の深夜。安物の衣類や日本から持って来た冬物をほぼ全て寮の地下室に運び処分しました。60リッターのゴミ袋3袋に、パンパンに詰まるユニクロ製品。なんとなく勿体無い気がする、でもジャニーズのバレンタインって多分こんな感じなんだろうなあ~とか思いながら袋をまとめます。

 

その後すぐ飛行機に乗り、ロンドンで大量のハロッズの紅茶を買ったのち、安心と安全のJALで日本まで爆睡のまま帰ってきました。機内食も食べられなかったほどに眠かったので、振り返る時間が今までなかったんです。恐ろしい。

 

帰国して少し経ちましたが、改めて9ヶ月に及ぶ留学を振り返りたいと思います。

 

一言で言えば、まさに「人生のモラトリアム」だったと思います。

 

モラトリアム。

ネット辞書によれば「比喩的に、社会人となるべき自信がなく、大学の卒業などを伸ばしていること」です。

 

大学の卒業を伸ばすかはまだ分かりませんが、私に足りない「自信」とやらをどこかで埋めたい、ここ数年常にそう思っていました。

 

私自身海外には何度も行ったことがあるのに加え、約一年に及ぶ留学は初めてではありませんでした。なので「世界ってすごい!外国にはいろんな人がいる!価値観が全然違う!」みたいな、高校留学にありがちなコロンブスばりの発見はありませんでした。

 

ただ一番の収穫は、自分のことがよく知れたことだと思います。そして前よりちょっとだけ自分を認められるようになったことです。

 

前はいい意味でも悪い意味でも自分を追い詰めすぎる側面があったんです。「これをしないといけない」「あれをやらないと皆に置いていかれてしまう」。そして他人に言われたことを無難にこなし、満足してしまう。

一番の理由は、未完成な自分が自分でも恐ろしかったから。自分があまりに未熟でつまらないから、何かを選択することが怖かったんだと思うんです。名付けてビュッフェ恐怖症。

 

 

ただこちらに来て、人生の岐路を自分で選択して自分の感覚を頼りに生きている人とたくさん出会いました。

日本の友達みたいに全員が全員日々アルバイトに明け暮れているわけでもなく、みんな本当にそれぞれ思い思いの事をしていて、私からしてみれば「え?それってニートでは?」と思うような人もいました。

それでも多くの友人は、自分の中のアビリティというか、人とは違う何かを信じながら生活していた気がします。そうした日本では関わる機会のなかったであろう人たちと夜ごと語り合ったことで、自分の中にももしかしたら何か面白い部分があるのかも知れない、と思えました。

 

よく考えたら、人と触れ合うことで自分を好きになるってすごいことです。それは他人より優れてることの優越感とか、他者の存在で補完される安心感から来るものでもなくて、単純に「あの人はすごいけど、もしかしたら自分もすごいかも知れない」と思えるようになったということです。それも、特に理由なしに。

 

私はなんだかんだ10年以上宝塚を観て来たのですが、最近自分の好みの男役さんに共通点があることに気づきました。それは、「根拠なき自信家」であるということです。最初は「なんであんなに歌が微妙なのに自信満々で歌えるんだろう、、、」と奇妙にも思えるのです。音は外すし声はガラガラ、手に汗握るソロ歌唱。なのに流し目でキメ顔するし、「観客全員が私に恋してるんだわ!」みたいな顔で舞台のセンターに走り寄ってくる。発売されたDVDを確認すると、案の定カメラ目線でウインクを飛ばしている。あなたの自信はどこから?とベンザブロックのCMが脳内反響してしまうほどです。

 

でもその人って絶対に熱狂的なファンが多数いて、愛されながら、惜しまれながら退団していくんです。きっと彼女たちも自分の歌が上手だと思ったことはないでしょうが、他者から見れば人の心を掴んで離さない特別な魅力を兼ね備えているんですよね。

 

別にタカラジェンヌさながらの堂々たる姿勢を目指しているわけではありませんし、おごり高ぶった態度を取ることがいいとも思っていません。ただ、自信を持つことから始まる何かもあるかもしれない、ということです。それを肌で実感できた9ヶ月でした。

 

そして帰国した私に待ち受けたのは、就活。謎の自信だけ持って帰って来た私は「あーね、まあなんとかなるっしょ!」みたいな気概でソファに踏んぞり返りながら、サマーインターンの募集要項をネットサーフィンしています。留学ではっきりすると思った進路に関しては、今のところ特に明確な希望は思い浮かびません。一体自分は将来どうなっているのでしょう。。。

 

ただ現時点での唯一の目標は、「他人に自信を与えられる人になる」ということです。私と関わって私のことをすごいと思ってもらうのではなく、「あなたと関わったことで自分に自信が持てました」と言われたいです。

 

なんだか良い事を言った風でこっぱずかしいのでこのあたりで終わります。

 

留学先で出会った皆、このブログを一生懸命Google翻訳して読んでくれている友人、「ブログ読んだよ笑なんか長いね笑」と正直すぎる感想を伝えてくれた日本の友達、コメント欄などで私の留学を支えてくださった読者の皆様には感謝が止まりません。ありがとうございました。

 

留学ブログは終わりますが、これから更新したいなと思うことがあればまたゆるく書きたいと思います。

 

そして私が留学したエディンバラは、素晴らしく綺麗で趣深い、中世の街並みがそのまま残る場所です。エディンバラ城の内装やカールトンヒルからの景色を眺めては、ああスコットランドの首都たるにふさわしい街だなあと思わされます。街の写真を載せたいのですが、あいにく筆者は写真センスゼロなんです。そう言えば美術の成績はいつも家庭科に次いでダントツで低かったです。

 

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Royal Mileから見える景色。奥には海が見えます。

そんな私でも綺麗な写真が撮れるエディンバラ。ぜひイギリスに行く際はロンドンで立ち止まらずもう少し北のほうにも足を伸ばしてみてください。

 

私も必ずまた訪れます。

 

それでは!

【危機】ローマでパスポートと全所持金をスられた話

話の概要は題の通りです。

要するに注意喚起の記事です。

 

皆さんは今までの人生で、「イタリアでスられた」ってフレーズ何回聞いたことがありますか?筆者は少なくとも20回はあります。

 

でもスリに遭うなんて正直、相当なポンコツだけだと思っていました。自分とは違う世界に住む人間の、関係のない話。

 

私も出発前夜、家族友人含め多くの方に「スリに気をつけてね」と言われましたが、自分にだけは起こらないだろうと油断していました。というかそう言われる時点で、周りの方から見たらスキだらけの人間なんだと気づくべきだったのです。今となってはありがたい助言も、全て私の不注意のせいで盛大な前フリとなってしまいました。本当に申し訳ないです。。。

 

 

ところはローマ

私は大学のイースター休暇を利用し、友人たちと旅行に来ていました。初めてのイタリアです。

バチカンコロッセオに赴きその悠久の歴史を肌で感じた夜、美味しいと市内でも話題のカルボナーラ店へ。

翌日からマルタ共和国に行く予定だったので、実質ローマ最後の夜です。ローマに来たからには、カルボナーラを食べないことには帰れません。

 

 

しかしこの店が、これから始まる悲劇の舞台となってしまいました。イギリスに半年以上滞在し、フランスやドイツにも足を運んだ私は、すでに「ヨーロッパ慣れ」した気分になっていたんだと思います。ありえないことに、椅子の背もたれにバッグのチェーン部分をかけるという失態を犯しました。背もたれにかけた時点で後ろからいつ盗られてもおかしくない状態なわけです。

 

カルボナーラを注文してしばらく経ってふと気づくのです、さっきまで隣にあったものが、ない。最初は気のせいだと思い椅子の下も見て見ましたが、やはりない。店じゅう探しても、全く見当たらない。

やられた。

 

 

盗難に遭ったのなんて、大学の図書館でサンドイッチを置き引きされたことくらいしかありません。たかが3ポンドくらいの昼食なので、ああ誰か本当にお腹が空いていたんだな~くらいにしか思わなかったのですが、今回は訳が違います。

カバンに入れていたものは、財布とパスポート。終わった。

 

まさに明智に討たれた織田信長、いやこの場合、暗殺されたカエサルに例えるのが筋でしょう。

ブルータス、お前もか。滞在期間に比例して信頼度が増していたヨーロッパという土地に、ついに裏切られてしまいました。

 

現金は仕方ない、クレジットカードも利用停止できます。ただ、パスポートがないのは大問題です。マルタに飛べないし、なんならイギリスに帰れない。やばい、やばすぎる。

 

とりあえず日本の家族に電話してクレジットカードを止めてもらいます。こんなに自然と涙が溢れるなんて、レミゼラブルを観劇したとき以来です。まさか20代にもなって親に泣きながら電話する日がくるとは、もうコゼットをファザコンだなんて言えない。

 

もうすでに夜9時を過ぎていましたが、混乱した状態のまま友達に同行してもらい最寄りの警察署へ。なんせ相手は日々ローマの荒くれ者を相手にする警察官、傷心のブルドッグ顔日本人にも食い気味のイタリア語でガンガン話して来ます。彼らにとって、相手が何語を喋るどの民族かなんて関係ないんです。ここはイタリアなんだからイタリア語を話せ、という圧力をひしひしと感じました。

 

さらに悲劇だったのは、警察の話を何回聞いても一向に「ドマーレ」としか聞き取れない私の絶望的なリスニング力。いやそれは日本で私がよく行く安いパスタ屋やん、こんなに危機的状況でもくだらない空耳だけは健在の自分に苛立ちを覚えました。

ここまでくるともう出川イングリッシュ状態です。普段イッテQを見てバカみたいに笑ってる自分がフラッシュバックします。彼も大変な思いをしながら言語の壁と戦っているに違いないのに、あんなにポジティブなんです。次から敬意を込めて出川さんとお呼びしよう。そんなことを思いながら友達のグーグル翻訳を使ってなんとか会話をつなぐ私たち。そういえば、翻訳機も使わない出川って本当にすごい。そのうち「もう夜だから明日の朝になってから来て」と言われていることにようやく気づき、ホテルに帰りました。

 

後にも先にも、あれほど眠れない夜はないと思います。楽しみにしていたマルタ行きは諦めるとして、果たして私はイギリスに帰れるのか。そして所持金はゼロ。言語も通じない異国でパスポートもなければお金もない、やばすぎ。破天荒すぎ。

 

唯一私に残されたもの、それはこのスマートフォンです。夜も更けた暗闇の中で、「海外 パスポート 盗難 無一文」と検索する孤独感、みなさんに伝わるでしょうか。安心を求めて先人の被害者の皆さんのブログや体験記をたくさん読むのですが、皆さん現金は別に持っていたりと私よりはまだマシな状況に思えるんですよね。

 

少し検索ワードを変えると、「パスポートを盗まれないようにするには」「留学中はスリに気をつけて」などの記事が。なんだこの、蚊に刺されてから虫除けスプレーを見つけた時みたいな苛立ちは。

もう既にスられた私の心を癒してくれる記事はないのか。。。これだけ調べても出てこないってことは、私は日本国民屈指の大間抜けに違いない。ベッドの中で猛省しながら、数十分だけですがようやく眠りにつくことができました。

 

翌朝起きて、すぐ警察リベンジ。運のいいことに英語を話せる警察官がいてスムーズに盗難届をもらい、すぐに日本大使館へ。ここでマルタに向かう友人たちとは別れ、一人でローマに数日間滞在する覚悟を決めます。

 

パスポート再発行の手続きを進めるのには、120ユーロほどかかります。必要書類も主にパスポートを更新する際のものと同じで、日本の家族から戸籍謄本などをFAXで送ってもらう必要があります。ただ手続きを午前中に終えればその日中にパスポートが手に入るよ、と言われとりあえず少しはホッとしました。

 

順調に手続きを進め、スタッフの方が書類を確認している間、家族と連絡を取るため一旦大使館の外に出ました。とりあえずはなんとかなりそうだから安心してね、とメッセージを送るべく携帯電話を手にします。

家族にはそう言うものの、内心不安だらけです。

今日の宿はどうする?泊めてくれるところなんてあるのか?そして支払いは?どうすればいいんだ、私。

 

その時です。

夢かうつつか、入り口に立つ女性が、私のバッグを持っているのです。

昨夜どれほど夢に見たかわからない、ユニクロの1500円のバッグ。こんなに安物なのに、今の私にはプラダに見える。そしてその女性も、私の目には神々しく光輝いて映りました。

 

バッグの中からは、財布は見当たらないものの私のパスポートが。

持って来てくれたこの救世主は、流暢な日本語を話す親日家の女性でした。

「道に落ちていたのを拾ったの。日本が大好きで、中に入ってたパスポートがたまたま日本人のものだったからここまで持って来たのよ。」

 

あ、助かったああああ。

こんなに日本国民であることを誇りに思ったことはありません。国の恩恵を受けすぎている。こんなに世界から愛される国、ニッポン!素晴らしい、素晴らしいよ!!

 

女神様にしつこいほどお礼を言い、旅券の再発行手続きを中断しました。この時点で、予約したマルタ行きの飛行機まで残り3時間ほど。現金を一銭も持たない私は、友人の財布に頼る以外生きる術がありませんでした。パスポートが見つかった今、もう行くしかない。

 

なんなら私はきっと呼ばれている、あの島国に。

 

希望が見えたその時、途端に冷静になれる自分がいました。まず警察署に行き盗難届を取り下げ、それから遠く離れた空港に向かう必要があります。それにはもう、今すぐ出発しばければ間に合わない。なんせ、ローマは広い。

 

去り際、散々お世話になった大使館の方が一言、「マルタにもスリは多いですよ、お気をつけて」。マルタ行きを信じてくれている彼、この思いを無駄にするわけにはいかない。その言葉がスタートの合図でした。

パスポートをバッグの奥深くにしまい、夢中で花の都ローマを全力疾走。その日の気温は25度ほど、燦々と降り注ぐ太陽は容赦無く私の体力を奪っていきます。ジェラート片手に写真撮影する観光客に揉まれながら、マルタを夢見て必死に駆け抜けたあの日のことは、きっと一生忘れないでしょう。

 

滴り落ちる汗、カラカラの喉。疲弊する身体に反して、胸の高まりは最高潮を極めていました。

かつてアントニウスの演説で心動かされた市民の気持ちもこんなだったに違いない。やはりカエサルはローマを愛していた、そしてローマは彼の愛に値する土地だった。パックスローマーナはまだ人々の胸の内にある、ローマの平和万歳!

 

その後なんとかギリギリで搭乗手続きに間に合い、無事旅程通りに友人とマルタを旅することができました。盗難にあったことをのぞいては、パスポートは無事に見つかったり飛行機に間に合ったりと、全て幸運が味方してくれました。

 

ここまでおもしろ半分で表現を工夫しながら書いているふしも大いにありますが、当時の私はあまりに追い詰められていました。もしかしたらローマで路頭に迷うのではないか、常に恐怖と隣り合わせです。そんなとき、頼りになり心強かったのは一緒に旅してくれた友人たちでした。金銭面ではもちろんのこと、精神的にも大きな支えになりました。

爆弾をひとり抱えさぞ迷惑だったでしょうに、みんなのおかげで最後まで楽しい旅になりました。たった数ヶ月前にイギリスで出会ったメンバーですが、こんなに信頼できる友人を5人作れただけでも留学した甲斐があったなと思っています。(みんながこれを読めているかはわかりませんが)本当に本当にありがとう。

 

ここまでの経験から、イタリアを旅行する時は必ず

①現金は小分けにする

②荷物は前にかけられるバッグに入れて、南京錠をかける

この二点をお勧めします。というかこれが常識です。

それでも相手はその道のプロ、気をつけていてもスられる時はスられるみたいです。

 

パスポートがない場合は落ちついて、警察署→大使館の順に報告するようにしましょう。案外迅速に再発行できるので安心して。

 

皆さんも旅行する時は十分にお気をつけください。私はもうトラウマでイタリアひとり旅なんか一生行けないと思います。笑

 

それでは~~👐

 

後期をゆるっと振り返り〜新しいモノにハマった話〜 #11

お久しぶりの更新になりました〜!

前回の更新は約3ヶ月前ですね、末恐ろしいです。

だいぶ間が空いてしまった理由としては、単純に忙しかったからです。5度目?6度目?くらいのロンドン旅行(行き過ぎ)、ローマ・マルタ旅行、そこで遭遇したとんでもないハプニング。エッセイ本1冊書けるんじゃないかというくらい、多くのことを経験しました。

もしまた時間があればそれらについても書きたいです。

 

今日は、後期の授業も終え帰国まで残り3週間となったこのタイミングで、ここまで印象に残った出来事を振り返ってみたいと思います。

 

後期わたしは、British Politicsという授業を履修していました。その名の通りイギリス政治を掘り下げる授業で、2月3月かなりアツかったBrexitなどのトピックを扱います。私がこれを履修した理由は、イギリスに来た以上このホットな内容にがっつり浸かって勉強してみたいな~と思ったからです。

とは言いつつも、私は日本では法律学科の学生なので、政治を学んだことは一年次の一般教養の授業でしかありません。

 

しかもチュートリアル(ディスカッションの授業)では、私以外全員UK出身者でした。初回の授業から、「この前の国会討論で~」「EUとの話し合いでは~」「〇〇議員の発言は~」とか飛び交います。そこまで勉強が足りていなかった私は最初から撃沈で、一人だけ社会科見学に来てるような感覚でした。

 

ただ、自分でどうにかしないといけません。このままこの状況を放っておくと、永遠に一人だけキッザニア状態のままだからです。

 

私のチューターは、前髪かきあげ系のイケイケ美女でした。恐る恐るその中村アン(通称)に「議論があんまり分からなかったです、どうしたらいいでしょう。。」と相談したら「とりあえずBrexit関連のニュースを見て来て、来週から主にそれに関して議論するから」と言われました。まるで「まず世の中を学んでこい、お前の場合話はそれから」と適当にあしらわれているような感じ。彼女の話を聞いている間も、将来社会に出たときの自分を憂いました、上司に怒られる時ってこんな感じなんだろうなあ。でもこの留学を通して謎の鋼メンタルを手にいれた私は正直、悪い気はしなかったです。まあ相手が中村アンだったからかもしれませんが(多分そう)。

 

初回のチュートリアルが終わってから、当然イギリスのニュースに触れる必要性が出て来たわけですが、問題なのは何を手段に情報をゲットするかです。BBCなどのネットニュースでもいいのですが、面倒なことを全て後回しにしてしまう性格なので、紙の新聞を毎日各新聞社から買うことにしました。実物を買ってしまえば、さすがの干物女の私でもお金が勿体無いので読むだろうと思ったわけです。

 

毎日新聞に約3ポンドの出費。3ポンドあればちょっとお高めのカフェでスコーンが買えます。ああ甘いお菓子が食べたかった、しかしどんなに手元を見つめても、目が合うのは新聞紙一面のメイ首相。そういえばBrexitが起こるはずだった3月29日前後の新聞の表紙は、どれも眉間にシワを寄せ苦悶の表情を浮かべる彼女の写真でした。それと全く同じ顔で眠気と闘いながら、カフェの一人席で記事を読んでいく私。朝の勉強のお供をコーヒー1杯で済ませつつ、学校までの時間を使ってなんとか政治欄だけでも目を通すようにしました。たまに店の常連の優しそうな英国紳士が「若いのに新聞なんて読んでて偉いね」と話しかけてくれます。彼すらも、私がスコーンへの未練と固執とをバネに毎朝新聞と対峙していたとは知らなかったでしょう。

 

毎日そんなことをしていたら、しまいにはコンビニのおばさんに「毎朝こんなに新聞買っていくのあなたしかいないから、うちはあなたの為に新聞を入れてるようなものだよ」とまで言われてしまいました。そんなのもう、ずっと買い続けるしかない。雨が降ろうと雪が降ろうと、なんだかおばさんに悪い気がしてそこに通い続けました。なんなら授業が終わった今でも買いに行っています。今や簡単にインターネットでニュースを読める時代。おばさんの目には、毎日必死に紙媒体を求める文明社会から隔絶されたアジアンガールが映っていたに違いありません。来たる、遠国ジパングからの来客。

 

毎日それをどう読んでいるかというと、とても単純です。記事をスクラップして知らない単語を調べ、ディスカッションに使えそうな時事ネタと授業で関連のある内容をノートにまとめます。最初は時間がかかりましたが、最近になってようやく15~20分くらいで終わらせる術を心得ました。勉強効率悪い芸人が学習の要領をつかんだ、貴重な経験です。

正直この習慣はだいぶ授業の役に立って、今学んでいるトピックがどんな風に日々のニュースに反映されているのかを知ることができました。

 

ただそれ以上に私が興味深いと感じたのは、新聞記事のまとまり方です。

 

私は新聞の社説や天声人語が昔から結構好きで、今でもオンラインで暇さえあれば読んでしまいます。あの短い字数制限の中で最低限の情報をまとめて意見を発信するのには相当なテクニックが必要だと思うのです。こんな惰性と思いつきで垂れ流している私のブログなんかとは訳が違います。記者さんの書く文字列はいつも整理されていて読み応えがあり、さすがプロフェッショナルだな~と毎回感動させられます。

 

そしてこちらの新聞を読む中で、圧倒的な言語の違い、文章構成の相違点に気づかされました。

例えば、こちらでは主語述語よりもwhichやthatの関係代名詞に重要情報を入れることが多いような気がします。これは日本人の私としては後出しジャンケンされているような感覚で、焦って読んでハイライトする箇所をミスすることがよくありました。

また、日本語だと「こそあど言葉」がひと段落に2つ以上あると途端に抽象的な議論に聞こえてしまう(と個人的に感じる)のですが、こちらでは結構多用します。なんなら同じ動詞も記事の中でたくさん出て来ますし、「こんなに同じ単語を何回も使っちゃうの??」という感じなんですよね。それでも英語だとそれが一番分かりやすく読みやすい文章になるから不思議です。その他にももっとたくさんあるのですが、また別の機会に書きます。

 

こんなことをしているうちに、どうしてこの記事はこんなに分かりにくいのか?なんでこの文章はこんなにまとまりがある(ように感じる)のか??という分析ばかりにはまってしまい、なかなか授業内容まで頭が追いつきません。そうなると今度は教授が授業で発する文章の構成も気になって来ます。「あ、今仮主語使ったな、なんでだろう」とか、「今の構文はどういう作りなんだろう」とか。そして最終的には、テスト前の今になって必死に内容理解に勤しんでいます。元も子もない。

 

当たり前なのですが、書き慣れている人の書く文章、例えば新聞記事なんかは英語力の乏しい私でも論点がダイレクトに伝わります。それと同じように、理論が頭の中で完成されている人の話し方も絶対に理路整然と聞きやすいものになるんですよね。そういう意味では、「いい文章」とそうでないものの違いが日本語の文献より分かりやすく、なぜその違いが生まれるのか分析が面白いんです。。という話をこちらの友達何人かにも話しているのですが、もれなくみんなキョトン顔でした。あまり共感を得られませんが、自分でやっていて楽しいと思えることがまた一つ見つかったのは嬉しいです。

 

そしてこの前書いたEssayは、チューターから「とても理解しやすい、クリアな構成」とのお言葉をいただきました。中村アンありがとう、君のおかげだよ、、!

その他にたくさん内容に関するダメ出しはありましたが、それでもかなり嬉しかったです。そもそも英語で何かを読んだり書いたりすることは嫌いではないので、それが認められた感じがしました。なんだかこちらでの学生生活って、ちょっとしたことで自己肯定感が上がったり下がったり、情緒がジェットコースターのようになってしまいます。留学生がメンヘラになりがちと言われる所以。

 

残り三週間にして、また長い文章を投稿してしまいました。まだまだ書きたいことはたくさんあるのに上手く時間が見つけられません。

またあと何回かは更新したいところです🙃

それではまた〜〜👋

人生一番の挫折を経験している話〜単位を落としました〜

 

こんにちは。

だいぶお久しぶりになってしまいました。

 

投稿をストップしていた期間、ありがたいことに何人かの方から『早く更新して~』という声をいただきました。冗談半分なのかわかりませんが、待っている方がいるのならば早く投稿しようと思いました(単純)。

 

私は、母から「文章は書かない期間が長いほど言葉を紡ぎ出すのが難しくなる」という話を聞かされて育ちました。「言葉に詰まったとき、突然文章の神様が降りてきて、その時に適切な単語やフレーズを教えてくれる。でも長い間何も書かない期間を作ってしまうと、神様が全く近づいて来なくなる。」小さい時に初めてその話を聞いたときは「な~んだそれ」と言う感じでしたが、私も日本語から少し離れた生活をしているうちに語彙力が少し落ちてしまったように感じます。やはり、何事も継続することが重要みたいです。

 

さて、本題ですが、私、なんと1学期目でひとつ単位を落としてしまいました。しかも、法律科目。一番勉強したやつです。

 

本当の本当に、今の所の人生で一番の挫折かもしれません。

なんせ自慢ではありませんが、私は大学で単位を落とすという経験をしたことがなく、ましてやギリギリセーフのCをとったこともありません(私の大学では、SABCDの五段階評価です)。Bも確か二度くらい。2年の前期は留学期間の都合上一年分の単位を半期で取りきるという強攻策に出たのですが、それでも成績表のほとんどはSかA。ここまで、落単とは無縁の大学生活でした。

 

ではなぜ単位を落としてしまったのか、しっかり自分で反省しなければなりません。思い当たるふしは二つ。

 

まず、こちらの法学部の試験に慣れていなかったというのはあります。こちらは全てエッセイ式で、例えば判例の名前なども全て暗記して正確に書かなくてはいけません。あとはこちらにはこちらの答案のフォーマットというものがあり、それを習得するのにとてつもない時間がかかってしまいました。内容が難しかったのはもちろん、法学部特有の書式的な部分で苦戦した点は否めません。

 

また、私はいかに普段日本語で「なんとなく」学んできたかということを改めて思い知りました。

私は正直、問題に対する答えがよく分かっていなくてもそれらしい言葉で取り繕ってしまうことがあります。また、「分かってる風」の答案の書き方もいくらでもできます。

ただ英語に関しては文章力もへったくれもないわけで、この「なんとなく字面で誤魔化す」ということができなくなります。今まで「まあここは無難にこの単語でも使っておくか~」とできたところが、英語ばかりはそのやり方がわからないわけです。これは英語圏で何かを学ぶ上で学生が悩まされる点であると同時に、最大のメリットとも捉えられます。中途半端な学びが減り、自分の頭で理解できるまで追求するようになりました。

 

ここまできて、ようやく私自身こそ「文章の神様」に依存しながら学業を乗り切ってきたのだと思い知らされました。この神というのは使い物になる時もあれば、逆効果で自分の満足感を満たすだけの実りのない学びを助長してしまうこともあります。母国語で学ぶのはもちろんいいこともたくさんありますが、リスクも大きいです。

 

もっと英語力自体の底上げはもちろん、勉強というものに真摯に取り組むことが必要だなと思わされました。

 

さて、それではこれからが今一番悩んでいることでもあるのですが、、、

勉強とそれ以外をどうバランスよく生活に取り込めば良いのでしょう。

なんせ、勉強って際限がないんです。やればやるほどやるべきことが出てきます。

私はそれを探るべく、先週「勉強ウィーク」を個人的に設けてみました。部活動もお休みして(ズル休みと言えばそこまで)、友達のパブの誘いも断って、ひたすら勉強に勤しみました。

朝起きて、昨日の復習。ご飯を食べてシャワーを浴びて図書館に行き、授業が終わったら勉強。そして寝るまでの間も、またずっと授業の予習。これを一週間と少しの期間、続けてみました。

 

 

結論から言うと、これは本当に良くないです。

 

、、、なんせ、全てが嫌になってしまう。

私はこの期間、去年の冬新潟に運転免許合宿に行った時のことを思い出しました。なんせ私は運転センスのかけらもない稀に見る劣等生で、なんなら合宿も新潟の名産品が食べられるのに期待して申し込んだふしもありました。初日、なんとなく自己紹介程度で終わるのかと思えば早速車に乗らされ(当たり前ですが)、初日から他の教習生に遅れをとってしまいました。

最初のカーブからつまずき、助手席の教官はまあネチネチと怒る。自分でも分かる、これなら歩いた方が早い。二足歩行って素晴らしい、人類が誇る歩行方式だ、動く鉄の箱を乗りこなして生活の利便性を求めようなど私には早すぎる、しっかりと地面を踏みしめて日差しを浴びながら歩んでいこう、その方がよっぽど実りある人生が送れる。こんなことを毎朝考えながら、教習に向かうのです。

カーブすら危うい私の高速教習を担当した教官の、死を覚悟したようなあの顔は今でも忘れられません。現地で出会った他の教習生や受付のお姉さんに励まされながら完全に左折を習得したのは、卒業わずか2日前でした。バック駐車なんか、いまだにどっち側にハンドルを切ればいいのかよく分かっていません。新潟の大自然、満点の星空を窓から眺めながら枕をぬらす毎日。東京に帰りたい、家で美味しいご飯が食べたい。そう毎日思っていました。

この自分で自分にハードルを課した一週間はその時の感覚と似ていて、まさに「勉強合宿」。やってもやってもリーディングだらけ。面白い内容のはずなのに、とにかく辛い。日本に帰りたい、ラーメンが食べたい、しんどい。あの免許合宿で運転が怖くなり、以来一度も運転席に座っていないペーパードライバーの私にとって、これが良くないことくらいすぐわかりました。

 

 

じゃあどうバランスを取ればいいのでしょう。難しいところです。未だに模索中です。

なんせ私は勉強の効率が非常に悪いので、やはり一人だけの勉強合宿を続けていくしかないのでしょうか。。。もう少し余裕のある生活が送りたいところです。

 

以上、絶賛挫折を味わっている私からの現状報告でした🙂またちゃんと書かなくては〜〜!

ベルばら信者のヅカオタが行く、パリ・ベルサイユの旅~パート1 #9

 

 

こんばんは。

随分とお久しぶりの投稿になってしまいました、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

気づけば2019年です、時が経つのは早いなあ。。。

 

先にここで言っておきますが、今日の記事は、イギリス留学ライフについて記す普段のものとはわけが違います。

今回は、宝塚歌劇、そして70年代少女漫画を代表する傑作ベルサイユのばらを愛してやまない筆者が、自己満足で書いたものに過ぎません。「何だコレ超つまんない」と思う方が大多数だと思うので、そう言う方は今の時点で戻ってくださって結構です。。。

 

さて!

まず旅を振り返る前に、私にとってパリ・ベルサイユがどれほど意味のあるものなのかをお話ししたいと思います。

 

 

私は母の影響で、幼い頃からいつもなんとなく宝塚に連れられていました。小学校低学年で明日海りおさんに一目惚れするまで特定のタカラジェンヌさんを好きになることもなく、何となく皆さん綺麗だなーと思っていた程度でした。なぜ歌劇の魅力に早くから気付けなかったのか、理由はいたってシンプル。幼い私には、演劇のストーリーを追えるだけの理解力がなかったからです。

 

しかし母は、小林一三先生も驚くであろう、昨今稀に見る熱心な布教者でした。私がそんなに興味を示さなくても、必ず私を宝塚にハマらせようとします。

そんな彼女がある日、朝海ひかるさん主演のベルばらのDVDを買って来たのが事の始まりでした。

 

一緒に観ながらも、とてつもなく退屈で退屈で。「このコムさんのベルばらは最高なんだよ~」と言われてもいまいちピンと来ず。だいたい将軍って何だよ。この真ん中の金髪の人は何で死んだんだろう、うーんよくわからない。

その感想を伝えると母は「この素晴らしさを分からないなんて損してる、ちゃんとストーリーを理解した方がいい」と、すぐにネットで何かを注文しました。

 

そんなこんなで数日後、私の元に届いたものこそが『ベルサイユのばら』の漫画です。せっかく買ってくれたものだし、少女漫画は好きだし、読んでみるか~と手に取りました。

それが私とベルばらの出会いでした。

 

 

 

夢中になって読みました。当時小学2年生の、感受性の豊かな、心の清らかな頃の私にとってあれほど衝撃を受けた漫画作品というのはありませんでした。アンドレが死ぬ場面まで到達したある日の夕暮れ、深夜まで布団をかぶって人知れず枕を濡らしました。食事も喉を通らずひたすらに泣き喚き、母は私が学校でいじめに逢ったのではないかと心配するほどでした。

 

当時は世界史なんて何にも知らなかったので、フランス革命がもたらした世界規模の社会変化やその意義について知るのはもっと後になります。それでも何よりも、このドラマティックなストーリーが歴史に基づいている、その事実に衝撃を受けました。

 

そんなベルばらとの出会い以降、フランスは私にとって『遠い西洋の憧れの地』となりました。行ってみたいけれどそんな軽い気持ちで行ってはいけないような気もしていて。アランやアンドレ、そしてオスカルのような、名も知れないシトワイヤンたちの犠牲の元に築かれた国家。なんてロマンがあるんだろう。

 

実は冬休み、夢にまで見たフランスについに行ってしまいました。飛行機に乗る前からもうド緊張。ついに、アントワネットが、フェルゼンがいたあの華の都・パリに行けるなんて!

 

10年越しの願いがついに叶うわけです。数ヶ月前から下調べも入念にして、色々なところを巡って来ました。皆さんに少しでもヅカ旅のおすそ分けができればなと思います。前置きが長くなりましたが、巡ったところを順を追ってご紹介していきます。

 

 

パレ・ロワイヤル

パレロワイヤルといえば、やはり1789』が浮かびます。沙央くらまさんの歌い出し、『乾杯だ~モテないこの俺に~』の低音がとても心地いいんですよね。筆者が今一番再演してほしい宝塚作品でもあります。ただトップコンビの両方がかなりの歌うまさんでないと上演できないというのと、トップコンビの絡みが舞台上で見る事ができないのが痛いところです。おっと語りすぎてしまいました、さあ話を戻します。

 

調べたところによるとパレロワイヤルって、「王が住む宮殿」という意味なのだそう。もともとは、ルイ13世の片腕である宰相リシュリューの土地だったそうなのですが、のちに太陽王として知られるルイ14世が移り住んで来たためにこう呼ばれました。

そして革命勃発前まで、庭園には誰でも入ることができたようでした。1789で描かれるように、沙央くらまさん演じるダントンや、凪七瑠海さん演じるデムーランなど、のちに大活躍する革命家たちの溜まり場でした。

 

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パレロワイヤルって書いてある〜!

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人が全然いないパレロワイヤル。革命期とは大違いですね。



今はこんな感じ。だだっ広い広場。

アーケードの下には、お店もたくさん出ていました。カフェやアンティークショップ、電化製品屋から洋服屋まで。でも正直どこもそんなに繁盛はしていない雰囲気。。。観光客らしき影もなく、犬の散歩や鳩に餌をあげにきたおじさんがたくさんいました。ただの公園のような感じ。

 

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庭園を抜けると、建物が見えます。現代アートっぽい謎のシマウマ柄の物体が並びます。こっち側は観光客が多かったなあ。 

 

コメディフランセーズ

パレロワイヤルのほど近く、コメディフランセーズが!フランスの国立劇場で、結成は1600年代後半という歴史ある劇団です。

 

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コメンディフランセーズといえば、もちろん『スカーレットピンパーネル』ですよね。主人公パーシーの妻・マルグリットが女優として活躍していた舞台です。

 

余談ですが、私は小学年の頃、初演の安蘭けいさんのスカピンが好きで受験生にも拘らず毎日DVDを貪るように見ていました。一字一句、セリフ間のテンポも正確に脳内再生できるほどです。授業中や朝礼などで先生の話を聞きながらぼーっとしていると、頭の中を安蘭さんの歌声が支配して仕方ないのです。うずうずしてたまらず、小学校の廊下でパリの民衆ごっこを執り行い、クラスメイトたちに『貴族を殺せ!』『ギロチンにかけちまえ!』なんて叫ばせていたので、何度も先生に注意されました。

でもただ私は、安蘭さんの透き通る歌声とワイルドホーン手がける名曲の数々が好きだっただけです。ここまで悪意のない問題児もなかなか珍しい。

 

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再再演のマルグリット、綺咲愛里さんがコメディフランセーズで歌う姿。か、可愛い。。。

 

夫がスカーレットピンパーネルであることを知ったマルグリットは、ロベスピエールの圧力も押し切り、ここで『ひとかけらの勇気』を歌います。ああ、マルグリットの勇気とパーシーへの愛の深さに、乾杯!

実際にロベスピエールによる統治時代は、演目の制限などが行われていたようです。

 

チュイルリー庭園

チュイルリー。来ました、マイバイブル『ベルサイユのばら』。

こここそが、私が長年思いを馳せて来たアンドレ戦死の舞台です。アンドレが息絶え、オスカルが彼の死を嘆き悲しんだ地です。もちろん二人とも実在の人物ではありませんが、それでも二人がいた証をどこかに探してしまうのがファンなのでしょう。

最期までオスカルを慕い、視力を奪われてもなお彼女を守ろうとする彼の姿が脳裏に浮かびます。

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真飛聖さんアンドレ、絶命シーン。個人的に真飛さんのアンドレはかなり好みでした。。。

 

筆者も多くのベルばらファンの皆さんと同じように、ここでゆっくりアンドレの思い出に浸ろうなんて思っていたはずが。。。

 

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なんと運の悪いことに、クリスマスマーケットでお祭り騒ぎ。私の心だけお葬式状態です。

 

数枚の写真だけ撮って帰って来ました。こんなんじゃアンドレもゆっくり眠れないわ!

 

 

さて、宿題がまだまだ沢山残っているので今日はこの辺りで。まだこれでパート1です、まだまだ続きます。笑

もっと宝塚のことも語りながら、ゆっくりと更新できたらと思いますので、気長にお待ちください😄

 

イギリスの剣道大会に行ってきた! 〜日本人より日本人らしい?イギリス人たちとの出会い〜 #8

 

お久しぶりです。

 

先週末、イギリスの剣道大会に行ってきました!

 

 

実は、こちらでは大学の剣道部に所属しています。イギリスの大学に剣道部があるの?と思いますよね、私も知った時はかなり驚きました。私自身経験者でもあるため、日本に興味のある友達が出来るかな〜と思い入部しました。

 

 

 

何を隠そう、私は中高6年間剣道部に所属していたのです。

とはいっても私は中学の頃は脇目もふらず宝塚観劇にのめりこんでいたので、恥ずかしながら正直そこまで一生懸命剣道をした記憶がありません。。。

 

「部活も勉強もいつでも出来る、でも公演は1ヶ月しかない」。これが私の宝塚ライフのモットーです。

部活を休む時は欠席届を顧問の先生に提出しなければならないのですが、私は宝塚の入り出待ちや観劇があるたびに欠席理由の欄に「法事」と書いてきました。

 

この上ないマジカルワード、法事

具体的に何の法事か聞かれた際には、決まって暗い表情で「親戚の七回忌が…」と答えます。あぁ、中学3年間で何人の身内を勝手に殺めたか分かりません。行く先々で人が死ぬコナンですら驚くであろう、この身内死亡率。チャデ(前回記事参照)もきっとズル休みであることは分かっていたのでしょうが、それでも許してくれるヅカ活に寛大な先生でした。将来はチャデのような上司のもとで働きたいと心底思います。

高校生になってからは、留学や受験のためなかなか部活に参加できない日が続きました。

 

 

そんなこんなで剣道部に所属しながらもあまり真剣にそれと向き合ってこなかった私ですが、ここ英国の地で再開することに。理由は単純、ここで日本のスポーツをやったら面白そうだな~と思ったからです。

 

 

 

とは言っても、この街のほとんどの人はそもそも剣道を知りません。それどころか、日本についても全然知りません。

 

もちろんエジンバラ大学の学生は大変優秀なので皆日本についてある程度知っていますが、この街の人々、特におじいさんおばあさんの中には驚くほどアジアに興味がない人もいます。

「日本って台湾の下らへんにあるんだっけ?」と聞かれたり、「日本の首都ってトーキョーっていうんだ、初めて聞いた」と言われたことも。

一番驚いたのは、スーパーのおじさん店員と話した時のことです。レジで出身はどこかと聞かれ、Japanと答えたら、彼がにっこり微笑んでシェイシェイ!と言いました。あぁそれは中国語だよ、日本語でサンキューは「ありがとう」だよ、と教えると、すっとんきょうな顔でこういうのです、「え、ジャパンって中国の都市の名前かと思ってた」。ええ~~!そんなことある!?日英同盟って習わなかったの!?

 

とても悲しいことですが、それが現実でしょう。

日本国民だって、ヨーロッパの地図を広げてどこがドイツかフランスかスペインかとか聞かれても、意外と答えられない人は多いのかもしれません。

 

 

それに法学部で国際法を学んでいるからなのかもしれませんが、こちらのクラスメイトに日本出身と言うとたまに「ああ、捕鯨をしているところね」とか「日本ってまだ死刑があるんだよね」と言われます。それは残念ながら、どこかネガティブな意味で言われることも多いです(ちなみにこういった日本人であることで感じた日本に関する事柄は、また後日まとめて書きたいです)。

 

皆日本に関してよく知らないし、良いイメージを持たない人も多い。こちらにいると、日本に対する意識ってせいぜいこんなものなんだな~と気付かされます。

 

 

 

ただ、今回の剣道大会は訳が違います。

イギリスで剣道をしているということは、その時点で日本に少なからず興味があるみなさんの集まりなわけです。私は大会そのものというよりも、そういったイギリス人たちに会えるのをどこか旅行気分で楽しみにしていました。

 

 

開催地グラスゴーまでは電車で一時間ほど。朝8時に部員全員駅に集まり、皆で一緒に出発。二日間に渡って開かれるため、皆で同じホステルに宿泊しました。この時点でちょっと修学旅行みたいで楽しい。

 

会場も、そこそこの広さの体育館です。こんな感じ。

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会場の様子。日本のとそこまで変わらない気がする。

 

 

大会のことについては、ここから分けながら書いていきます!(筆者は最近『見出し』という技術を覚えました、きっと読みやすくなっているはず!)

 

①レベル

日本の大会のそれと比べてはいけないとわかっていても、やはりそんなに高くはありませんでした。そして50人くらいいる参加者のほとんどは男性のため、試合は男女混合で行われます。そりゃあ女子に不利な訳です。私は初っ端から身長が私の二倍くらいありそうなイギリス人のおじさんと当たってしまい、勢いよく面を打たれ敗退となりました。情けない!

 

②選手による審判

やはり先生が足りないので、三段以上を保有する選手が審判として加わります。これも日本とは異なる部分ですね。選手も主催者も一体となって大会を運営していました。でも剣道は、一本かそうでないかの判断が難しいためやはり少し審判が甘い部分もあったような気がします。

 

③級・段審査

剣道の昇段試験は剣道形の実演(試合をするわけではなく、基本の技を綺麗なフォームで披露するもの)と、実際の稽古によって審査されます。驚いたことに、これが意外と厳しい。形など、日本のそれよりもしっかり審査しています。二段・三段あたりになると、残念ながら落ちてしまう人もたくさんいました。

 

④飲み会

イギリスではそもそも剣道の競技人口が少ないため、各都市から来た選手たち同士で非常に仲良くなります。

こちらでは18歳から飲酒が可能なので、大学1年生からお酒を飲めるわけです。一日目終了後も、大学ごとではなく大会参加者皆で飲みに出かけました。パブやレストランで、おじいさんも大学生も関係なく入り乱れ様々な話をします。日頃の稽古や、剣道の技についてなど、夜更けまでパブでたくさんの剣道家たちと語り合い学ぶこともたくさんありました。

 

 

 

大会を通して思ったのは、やはり剣道は『美しい』スポーツであるということ。ただ相手に勝つだけが重要なのではなく、その美学を追求することが一番のミソなんです。『美しい剣道を目指し、精神を鍛える』。これこそが、このスポーツをする一番の目的だと私は考えています。これは経験者でないと理解しにくいことかもしれませんが、そこを意識できているかどうかはその人の剣道を見れば意外とすぐ分かるものです。認識できていないと、まるでチャンバラのようになってしまうからです。

 

私は試合を見ていて、やはりチャンバラ剣道になっている選手が何人かいることに気付きました。剣道の本質はそこではないんだよな、とモヤモヤすることも少なからずありました。

 

そう思った矢先にようやく始まった、優勝を争う決勝戦

今年の決勝は、日本人男性同士のジャパニーズ対決でした。その白熱した試合、両者の華麗な竹刀さばき、一貫して美しい剣道を見て、やっとこの武道の本質に触れられたような気がしました。

そして横を見ると、それを正座で観戦する参加者たちの真剣な眼差しが。皆きっと、私と同じことを思っていたんだと思います。ああ、しっかりこの国の人たちに剣道の良さが伝わっているんだなあと思い、なんだか日本人でいることが誇らしくなりました。

 

 

そして今回一番肌で実感したのは、コミュニケーションにおける「熱く語れるもの」の重要性です。何かへの情熱は、国境をいとも簡単に越えます。

私はパブなどで剣道について語り合うことで、イギリスの剣道家たちと仲良くなることができました。多少英語が拙くても、皆真剣に聞いてくれます。これほどこのスポーツをやっていてよかったと思ったことはありません。

 

 

また、イギリスで生活する日本人の方々ともお話しすることができ楽しかったです。やはり日本人は感性が近いからなのか、たくさん笑いました。

 

 

ああ、楽しかったなあ。

 

 

余韻が冷めないうちに文章にしたくて書いてみたのですが、実は明後日テストが控えています。かなりヤバいです。

大会で元気をもらえたので、テストの勉強も頑張りたいと思います。。。!

 

 

今日はこの辺りで!

前期の総括・勉強編〜『なんとなく分かる』の悪魔に翻弄された二ヶ月半〜 #7

 

こんにちは。

 

こちらは11月下旬にして、なんともう前期の授業が全て終わってしまいました。残りの2~3週間は自習期間で各々試験の準備をし、試験終了の12月22日から晴れて冬休みというわけです。自習期間なが!と思うかもしれませんが、こちらの大学はだいたいどこもそんなものらしいです。自習に重きを置くスタイル。

なんせ私の勉強効率の悪さは日本一なので、ゆっくり自分のペースで勉強できるこの期間は非常にありがたいです。

 

今回は、前期を終えて今までの勉強面でのまとめ・後期に向けての反省点を記しておきたいと思います。

 

正直に言うと、私は前期めちゃくちゃ「勉強」したのかと言われれば、そうでもないような気がしています。

 

じゃあ毎日パーティーか?!と言われればそれも違います。寮で催されるパーティーに足を運ぼうかと何度も試みましたが、夜が深まるにつれて「めんどくさい」という悪魔が心を占めてくるのです。だいたい、イベントの類って、楽しみにしていたはずなのに直前になって無性にめんどくさくなることありませんか?参加が認められているにもかかわらず、その権利を自発的に放棄し行使しないこと。誇り高き『棄権』ですね。

そんなこんなで、ドタキャン改め自発的な棄権行為を繰り返していたので、そんなにたくさん遊んでいたわけでもありません。

 

ただ、授業の予習・復習に充てる時間はかなり多かったように思います。朝起きて図書館に行って、授業の録音を聴き返して、レクチャーが終わったら復習してリーディング課題を読んで。日々の空き時間のほとんどは授業のリーディングをしていた、そんな二ヶ月間でした。

 

「なんだよ~勉強してるじゃん」と思われるかもしれません。でも違うのです。

 

確かに授業の準備などはしっかり行ってきたのですが、これが勉強なのかと言われれば頷き辛いのです。と言うのも、この二ヶ月、「勉強をしている」という意識のもとで課題に取り組むことはほとんどありませんでした。

私の中での勉強のイメージとは全くかけ離れているので、勉強なのかすらよく分からないのです。

 

私が今までの二年間で確立して来た法学部における試験勉強は、以下の通り。

授業のレジュメやメモ、そして授業の録音をもとに、自分用の講義録を作る。そして試験問題を想定しながらテンプレートを作る。必ず先生の言った内容を全て文中に盛り込み、「授業聞いてますよ」アピールを欠かさない。それを反復して頭に叩き込み、試験では脳内の記憶を惜しみなく全て放出。テスト後には頭はすっからかんですが、これでだいたいSかAは確定です。よく「それはやりすぎ」と言われるのですが、仕方ないのです。これで成績が取れるんだから。私は真剣に、これこそが最適な勉強法だと信じて疑わずまっすぐに突っ走って来ました。

 

私の中の勉強の概念が確立されたのは、中学1年生の最初の歴史のテストで学年最高点を叩き出した時でした。最初だし何となくちゃんとやっておいた方がいい気がして、テスト一ヶ月前くらいから暗記科目に手をつけ始めました。

今でも覚えていますが、結果は65点満点の試験で4問しか間違えず、61点でした。非常に惜しい。

8年経っても忘れもしない、その内の一つの間違いは「一番初期の猿人はなんと呼ばれていますか」という問いでした。当時の私は「サヘラントロプスチャデンシス」という、中1にとって最高に覚えにくいこの文字の羅列を暗記するために、当時の歴史の先生を影で「チャデ」と呼ぶことにしていました。幸い「チャデ」は当時所属していた部活の顧問でもあり仲も良かったので、何度もその顔と「チャデ」という単語を結びつけ、確実に覚えることができました。

 

すると何ということでしょう。試験当日、テスト用紙を目の前にした時に頭に出てくるのは、「チャデ」の三文字だけです。ああ、しまった。その三文字の印象が強すぎて、他の文字列を全て忘れてしまった。あまりに知能が低すぎる自分の行いを悔やみましたが、ここまで来たら仕方ない。本来なら14文字が埋まるはずの大枠の解答欄に、書き初めかというくらいの大きな字で「チャデ」と書き記しました。

なんとも情けないミスを大真面目に犯してしまった私ですが、これでもなんと最高点だったのです。テスト返却の際、笑顔で褒めてくれるチャデに対して、私はどんな顔をしたらいいのか分かりませんでした。

 

ただこれこそが、頭が良くなくても時間がかかっても、やるべきことを地道にすれば結果がついてくる喜びを初めて知った瞬間でした。

それ以来「誰でも出来る学習を怠らない自分でいたい」という謎のこだわりを持ち始めてからと言うもの、それなりに頑張ってきた私にとって、ここの授業に戸惑うことは多かったです。なんせ勉強の仕方が、日本にいた頃とはかなり異なるからです。

 

 

そんなことを言いつつも、そもそも最初の一ヶ月くらいはレクチャーを理解するのもやっとでした。

私は高校時代数ヶ月間海外に留学していたこともあり、語学のスコアも並程度はあります。正直英語は、「純ジャパにしてはまあまあできる方」くらいに思っていました。

しかしこちらの法律の授業は、何を言ってるのかさっぱり分からなくて、まるで英語を聞いているとは信じがたいほど。何度「これ実はフランス語なんじゃ?フランス語ドッキリ??」と思ったことか。そこで私の「英語はそこそこ得意」と言うプライドは早くも総崩れ。それからというもの、とにかく授業の復習だけはしっかりやろうと録音を聞き返してノートを取り直す日々でした。

こうした努力の甲斐もあり、教授にもよりますが今は最初に比べるとだいぶついていけるようになりました。

 

ただ、授業に慣れて来た時に初めて気付いてしまうのです。授業が理解できたところで本質が捉えられなければ意味がない、ということに。

『先生は結局授業でこう言っていたよね』『この本はこういうことを言っているよね』とディスカッションで発言したところで、『うん、それで?』状態なわけです。うわべだけは分かったように思えても、内容の濃いディスカッションをする上で、先生から得た知識は実はあまり役に立ちません。

 

例えば、国際政治の授業。レクチャーで『リアリズムは国際機関の存在に批判的だ』と習ったとしてそれ自体を理解することはできても、その下にどう言った論理展開があるのか、自分で考えなくてはなりません。リーディング課題にしても同じ。書いてあることの大まかな要点や流れは分かっても、細かくその論述を辿るのにはとんでもない労力を要します。論文の大事なところだけピックアップするような読み方では、到底そこまでたどり着くことができないからです。

講義内容を「なんとなく理解する」ことはできても、それを理論的に捉え、時には批判的に考察し、自分の論理を展開させるのが本当に難しいです。一時は「だいたいの内容を把握できている自分」に満足してしまい、それ以上進まなくなってしまったこともありました。それでも甘えてはいけないと奮い立たせそれ以上を目指すのですが、なかなかすぐにできることではありません。

正直、この2ヶ月間はずっとそこに苦戦していました。

 

 

このように、私は最初の期間を「レクチャーを理解すること」に費やしてしまったのですが、それは単に「キックオフまでの準備」に過ぎません。生徒にユニフォームを着せて、基本的なルールの説明をして、スタジアムに連れて来るまでがレクチャーの役割です。私はこれに気付かず長い間ひたすら準備運動をしていたわけなのですが、それではいつまで経っても到底サッカーをすることは出来ませんでした。生徒たちと議論を交わしより多くの学びを得るためには日々のトレーニングが必要です。それこそが、色々な文献のリーディングや論文の分析によって、理論を細かく追うことなのだろうと思います。何かの用語を覚えたりすることはほとんどなくて、ただひたすら現象を論理的に捉える努力をしていました。

 

果たしてこれが勉強なのか?私が今まで思ってきた勉強とは全く異なるものですが、きっとこれこそが社会科学における『学習』の本質なんだろうと思います。

 

 

大変か、と言われればそりゃあ大変です。ただ一つ言えるのは、今勉強していてめちゃくちゃ楽しいと言うことです。

ディスカッションにしてもリーディングにしても、なるほどそういう論理展開もあるな~と新たな気づきがあったり。レクチャーで得た知識を活用して様々な分析をすることは、思っていた以上に面白いです。

 

 

こうして紆余曲折ありましたが、前半戦を終えた今思い出すのは、大学の学内選考で面接官の先生に聞かれた質問です。「エジンバラ大学はイギリスの名門校の中でも特によく勉強することで知られているうえに、日が短いので鬱になる人が結構います。あなたは平気ですか?」。私は、「メンタルのタフさだけが取り柄です!大丈夫です!」みたいに答えた気がします。正直、病むどころかここまで楽しめるとは思いませんでした。面接官もびっくりかもしれません。

 

後期こそは、『なんとなく分かる』の壁を超えて、もっと深い理解につなげたいと思っています。なんせ、そろそろしっかりサッカーをプレイしなくてはイギリスまで来た甲斐がありません。ここだけの話、そんな当たり前のことを二ヶ月経ってもクリア出来なかった自分に少しがっかりしている節もあります。というかこれがあと一回しかないって、思っている以上に留学期間は短いです。正直、かなり焦っています。

 

ただ聞いたところによれば、本当に強い選手って、後半から試合に加わるそうです。言われてみれば、ケイスケホンダとかハーフタイム後に入ってくる気がします。

まだまだここからが本領発揮ですね。後期は前期の反省を生かして、もっと多くのことを吸収したいです。

 

とりあえずテストまでもう少し!残すところ3週間ほど。頑張って勉強したいと思います。

 

イギリスのテレビつまんなくね?と思ったので、日本との差を考えてみた。 #6

さて、今日はこちらのテレビ番組の話です。

 

こちらに来てから初めて自覚したのですが、私はどうやら根っからのテレビっ子のようなのです。

 

私は幼い頃から、基本的に家にいるときは常にテレビをつけていました。朝起きてまずテレビをつけ、ニュースをチェックし、家を出る。帰って来ても面白いバラエティがやってないか一通りチェックし、なければ前日の録画を見る。

 

その生活リズムは、場所が変わったからと言って変わるものではありません。私は現在大学寮の一人部屋に住んでいるのですが、日本にいた時と同じ要領で夜寝るギリギリまでずっとテレビをつけています。この記事を書いている今もつけているし、基本的に宿題をするときもずっとつけっ放しです。勉強効率が小学生以下と言われる所以です。

 

 

この話を友達にしたら「日本人は本当によくテレビ見るな~ww」って言われました。そうなんだ、日本人ってテレビ見るんだ。

 

気になったので調べてみると、NHK世論調査によれば地上波と衛星派を合わせた日本人のテレビ視聴時間は一日平均3時間34分だそうです。対して世界標準は2時間56分。日本人の生活にいかにテレビが根付いているかよく分かります。

 

しかしさらに驚くべきなのは、スコットランド人。スコットランドの平均テレビ視聴時間は3時間46分(2017年)。なんと、スコットランド人は日本人を超える大のテレビっ子集団だったようです。

 

この国のテレビ産業を引っ張っているのはもちろんBBC。これだけでチャンネルが複数個あり、私も一番見るのはやはりBBCです。とにかく、ニュースが分かりやすい。無駄な情報がなく、大事なことを明確に伝えてくれます。最近はBrexitの話題で学者が討論する番組もよく見かけましたが、それもキャスターがうまく回してくれるので話が入って来やすいんですよね。うまく構成されたニュース番組が多いな、といつも思います。

 

 

ただ、それでもこちらのテレビに一つ満足できないものがあります。

それは、いわゆるバラエティ番組がない事です。

人気タレントたちが登場し、司会者がそれぞれのトークを回す、みたいな日本の番組でよく見られる光景は、こちらでは全く見かけません。

 

じゃあゴールデンタイムは何をやってるんだよ、と思いますよね。答えはいたってシンプル。

 

 

クイズ。クイズ。時々ドラマ、料理番組。そしてまたクイズ

どんだけクイズやるんだよ、という感じです。しかもこれがまた全然面白くない。司会者はベテランのおじさんタレントなのですが、ジョークがなんとなく寒い。そして肝心の回答者はみなタレントではなく、素人。え、絶対その辺歩いてた人ナンパしてきたよね?

特に気の利いたことを言うわけではなく、かといってクイズが得意なわけでもない。まるで高校の文化祭のステージ企画。いや、その辺の男子高校生の方がもう少しうまく喋るかもしれない。

 

 

つまらない番組を見ると、すぐ他局のものと比べてしまうのが私の悪い癖です。

同じクイズ番組でも、例えば『ヘキサゴン』ってうまくできていたなあと思います(今の若者ってヘキサゴン知ってるのかなあ)。何を隠そう、私は一心不乱にタオルを振り回しながらテレビの前で羞恥心を一緒に踊ってしまうほどあの番組が好きでした。そして10年の月日が経った今たまに見返しても、相変わらず面白いなあと思います。

一番の魅力は、数名のおバカタレントたちと島田紳助さんの掛け合いです。タレントたちのキャラ付けが明確であり、かつボケとツッコミの役割がしっかり分かれている。またクイズの質も決してハイレベルすぎず、小学生の私でも一緒に考えられるものでした。加えて、クイズを通して計算方法を学んだり、知識をつけていったりとタレントたちの成長を見れるのも楽しみの一つ。

同じクイズ番組でありつつもそれとは異なるアプローチで好きだったのがもう一つ、『Qさま!!』です。インテリ芸能人たちがが華麗に難問を解いていく、その爽快感。こちらのクイズはどちらかといえばゲーム性が高く、誰が勝つかが最後まで分からなかったりと視聴者を巻き込んでハラハラさせる展開が多いですよね。昨今の『東大王』なんかもこの流行りの延長線上にある気がします。

いずれにしても、日本では同じクイズ番組といえどもそれぞれ特色があり、どれも見ていて面白い。

 

対してイギリスでは、局ごとに何個もクイズを扱う番組があるのに企画内容に大きな差が見られず、私にとってはまさにその辺の高校生の戯れにしか映りません。

 

どうしてこんなにつまらないのか?日本人と笑いのセンスが違うから?でもさすがにあれでイギリス人が笑っているとは思えない。そこまで考えた時に、一つの説が浮上してきます。

日本のバラエティ、面白すぎる説」。

こちらの番組がつまらないと言うより、日本のものが面白すぎるんじゃないだろうか。

 

私のバラエティ好きに火がついたのは小学生の頃です。ごく一般的な地域の小学校に通っていたのですが、当時は朝学校に着くと「昨日のはねとび見た?」「先週のめちゃイケがさ~」というような話題で持ちきりでした。かく言う私は常にその話題の中心にいたように思います。

 

エンタの神様』でどハマりしたオリエンタルラジオのネタを自分たちでもやってみようと、兄と武勇伝武勇伝してみたり。『トリビアの泉』で片栗粉をといた水の上は歩けると知り、バケツいっぱいに水と片栗粉を入れてみたり(結果歩くことができ、兄と大喜びした記憶があります)(その後バケツをひっくり返して台所が水浸しになり叱られた記憶もあります)。

 

なぜそこまで体を張っていたんだ、私。

就活に失敗したらこの実行力を武器にYouTuberにでもなろうかと思います、案外伸びるかもしれません。

 

ただ、当時そんなことをしていた子供は全国にごまんといたでしょう。私だけでなく、あの時代の子どもなら誰もが共通して「面白い」と思える感性を生み出していた、それが私にとってのバラエティ番組でした。

 

対してこの国の地上波には、そう言ったものがないのです。ある意味、日本にしかないものと言えるのかもしれませんが。

 

そこで、日本のバラエティの展開に必要不可欠で、こちらの番組には見られないものをいくつか挙げて見ました。単なる私の主観に過ぎませんが、「ああ日本のバラエティって素晴らしい!」と感じさせる要素は主に以下の三つです。

 

ひな壇

トークバラエティの真骨頂、ひな壇。

多くの芸人が段に座って並び、そのトークだけで進行するという番組は基本的にこちらにはありません。ちなみにこちらの友達にその話をしたら「トークだけの番組なんてつまらなさそう」と言われてしまいました。死ぬほどおもろいわ!いつか彼に同時通訳しながら『アメトーーク!』でも見せようかと思います。

  

いじられ芸人

日本のテレビなど良くあるのが外見いじり。ブス芸人とかありますよね。なんなら女芸人さんはイジられることがオイシイ、みたいになっているふしもあります。

ところがこちらでは、テレビに限らず日常でもそうなのですが、他人をいじって笑いを取ろうとすることが基本的にありません。これぞ日本特有の笑いなのかもしれませんね。

(少しリサーチしたところによると、日本のバラエティがイジリ偏重主義に変質し始めたのは、ビートたけしさんの登場によるものという見解がちらほら見られました。その後、笑いの天才・島田紳助さんによって確立されていったのだとか。面白いですね。)

 

自虐

いじりとかぶりますが、これもあまりないように感じます。『私は勉強ができないから~』とか自分をへりくだることはあっても、自分のコンプレックスを笑いに変えようという意識がそもそもないように思います。

 

これらが、日本のバラエティの特徴だと私が勝手に感じたものです。こうして考えてみると、日本人の笑いのセンスがなんとなく見えてくる気がします。

 

どうしてこんなことを急に書くに至ったかというと、先日の『世界の果てまでイッテQ』のやらせ疑惑がとても残念だったからです。

私は昔からあの番組が大好きでした。特に、海外で日本のお笑いを展開する点に面白さを感じていました。

お祭り企画で宮川大輔さんがいつも通り失敗するのも、出川イングリッシュをいじるのも、女芸人さんの滑稽な姿を晒すのも、全て日本人が昔から好んできた、日本特有の笑いの手法なんですよね。ただそれが海外に場面が移るとその土地ならではのハプニングが起こったりして、新鮮な笑いとして映るんです。

 

よく「バラエティって最近つまんなくなったよね~」なんて聞きます。しかし私はその意見にはあまり賛成できないというか、少なくとも私はずっと面白いと思っています。

いくら動画投稿サイトなどで一般人がテレビの真似事を始めるようになっても、プロの芸人さんを呼んで大規模な企画を進めて、日本人に受ける日本のお笑いを展開できるのはバラエティ番組だけだなあと思います。

それは日本のテレビ局が誇るべき点とも言えるのではないでしょうか。ただそれだけにもっと面白くしようとやらせが起きたり、過激になったり、独特すぎて海外からウケなかったり。日本のテレビも、考え直さないといけない点は多いのかもしれません。

 

こちらのテレビはもっとたくさん見て、違いを見ていきたいなと思っています。まだあまり見つけられていないこちらのバラエティの良さについても、もっと考えていきたいです。

 

いつにも増してダラダラと書いてしまいました。今日はこのあたりで!

 

イギリス英語は『難しい』? #4

 

さて、こちらに来て2ヶ月が過ぎました。


日本にいる友達や家族と電話すると、大体「どう?ペラペラになった?」って聞かれます。それも大体ニヤけ顔で。

 

正直に答えると、それは「ペラペラ」をどう定義するかによります。

私は今のところ、英語力の乏しさゆえに生活に支障が出ている、ということはありません。こちらの授業も最初は大変でしたが、がむしゃらにこなしていくうちにだんだんと分かるようになってきました。

 

ただそれでも「英語のニュアンス」だけはまだまださっぱりわかりません。分かりたいのですが、ぜんぜん分からないのです。

 


私は昔から本を読んだり小説を書いたりするのが好きでした。そんな私が小学生の時1番楽しみにしていたのが、運動会や学芸会といった学校行事…ではなく、その後に書く「感想シート」です。原稿用紙2枚ほどが各々に配布され、生徒はその行事の中で1番思い出に残った出来事を記すのです。
皆が小一時間でパラパラ〜と適当に鉛筆を滑らせて先生に提出する中、私だけ家に持ち帰って構成を練り、辞書をフル活用して丸一日かけて書き上げていました。あの小学校後にも先にも滅多に現れないであろう、感想シートガチ勢だったのです。

ただ小学四年生の時に書いた運動会の感想文は、今でも私のトラウマになっています。当時東野圭吾のミステリー小説にハマっていた私はその作風にモロに影響を受け、原稿用紙1行目から思いを詰め込みすぎてしまいました。「汗が額からこめかみを通り、焼きつくように熱い校庭の砂に滴り落ちる。待ちに待ったこの行事で、私はいま、大きな球体と対峙しているのだ。...」
なんて物騒な書き出しでしょう。これが学年対抗の大玉送りについて書かれた文章だなんて、誰が想像できるでしょうか。小4にして、はやくも厨二病を発症していたようです。

 

今でも覚えていますが、当時の担任は、いかにも体育会出身という感じのボーイッシュな女性の先生でした。音楽朝礼では大きな声で歌おう、運動会では絶対に大縄跳びを成功させよう!みたいな。グータラな私にとって、少し苦手なタイプです。


その自信作の感想シートが返却される際、私だけ名前を呼ばれ、皆の前で感想文を読むように指示されました。私はなんとなく恥ずかしいような、でも少し誇らしいような気持ちになりつつも、大きな声でそれを音読します。原稿用紙の裏にまで続くミステリー風感想文を読み終え顔を上げると、クラスメイトは皆ポカーンという表情。「何言ってんだコイツ」みたいな。

当時の私にも、なんとなくその場にアウェイな空気が漂っていることは分かりました。

 

そして一番後ろの席に座っていた先生は呆れたような表情で口を開き、こう言いました。
難しい言葉でなく、クラスの皆が分かる言葉で書きなさい。何のために作文を書いたんですか、皆にあなたの感想を伝えるためでしょう。」と。
私はまさか怒られると思わなかったためショックが堪えきれず、ぶわっと泣いてしまいました。未だにその時の悔しかった気持ちだけは鮮明に覚えています。でもその時の私は涙を拭きつつも、なんとなく先生の言葉に納得してしまいました。

 

そうか、言葉って簡単であればあるほどいいのか。言葉の意義とは、なにかを「伝える」こと。そのため言葉は、誰にでも分かるような簡単なものでなければいけません。確かに先生の言う通りだと思いました。

 

そして今、留学生としてこちらの学生とコミュニケーションを取っていく中で、今度は私が「何言ってんだコイツ」と思わされることばかりです。

例えば、地元出身の学生たちは何を言うにも遠回しな表現が多いです。人に何かを頼む時に「Do you mind if I...?」とか「Could I possibly ...?」とか使います。私からしたら、いや「Can I...?」でいいじゃん、と思ってしまいます。また、街のおじいさんおばあさんの中にはもっとゴリゴリのクイーンズイングリッシュを使う人もいて、イギリス王室か!という感じです。


そうした丁寧な言葉遣い以外にも、会話に出てくるちょっとした表現や単語が分からない時があります。

1番驚いたのは、この間ディスカッションの授業で、アメリカ人の学生とイギリス人のチューターが議論を交わしていた際のことです。アメリカ人の女の子が意見を言い終えると、チューターが「I almost agree with you.」と言いました。

なるほど、ほとんど賛成だけど一部違う意見だ、と言いたいのか。果たしてどのあたりが同じ意見で、どこが違うのかな。そう考えつつそのままチューターの話を聞いていると、彼はその学生が提示した前提の誤りを指摘し、数分のうちに理論を1から10まで覆してしまいました。
…え、この人さっき賛成って言ってたよね?どこも賛成してないじゃん。疑問に思い、隣のイギリス人に聞いてみることに。すると、「イギリス人が言う『almost agree』は、『全然賛成できない』っていう意味だよ」と教えてくれました。

なんだそれ、分かりにくっ!


こちらでネイティブと話すと、こういった独特のニュアンスが分からない事態に見舞われます。相手に意味を尋ね、簡単な説明を聞いて初めて「なんだそういうことだったのか」と理解できる。この繰り返しです。なんせ、彼らが使う英語には難しい表現が多すぎるのです。

「簡単な言葉を使ってほしい。」あのおばさん先生と同じことを考える日が来るとは。当時の私に言ったらまた泣き出してしまうかもしれません。

 

ただその一方でやはり私は、こうした簡単には伝わらない表現こそが、言語が持つ面白さの本質だとも思うのです。
音楽や絵画の中には、全く異なるバックグラウンドを持つ人でも同じように感動できるものがあります。ディズニーの楽曲なんて、老若男女問わず聴いているだけで心揺さぶられる何かがありますよね。だからこそ世界中で愛され、多くの人々から評価を受けているわけです。全ての人にその美しさや価値が伝わる、それはそれで素晴らしいことです。

しかし反対に、『経験』がなければ分からない言語表現にも、それ特有の耽美さ・奥深さがあるように思います。それはその土地に長く住みつくことによる経験であったりするため、外部の人間には「分からない」「難しい」と敬遠されがちです。ただそういった簡単には伝わらない文字の羅列にこそ、真の国民性や美徳を感じずにはいられません。

 

イギリス人に限らず、日本人の日常の中にも綺麗な言葉って溢れています。例えば私はこちらで部活に所属しているのですが、その中でふと「先輩」「後輩」という言葉が英語にはないことに気づきました。もちろんシニアとジュニアという英語で説明できるのですが、それだけではない何かがありますよね。先輩とは、「偉い存在」であり「敬意を示すべき存在」であり、時には「怖い存在」であったりもします。「先輩」の二文字だけでも私たち日本人はさまざまなイメージを受け取るのですが、それを外国人が理解できるかと言われれば微妙なところです。


そう考えると、日本に19年間住み着いた純度の高い日本人である私が、イギリス英語のそれを理解するのは相当困難です。きっとこの留学期間を終えても、それを完全に理解することは出来ないと思います。それは、単語帳をペラペラめくって日本語の対訳を覚えるだけでは到底把握しきれないものだからです。

出来ることなら人生の中で一度どっぷり浸かって、こういったコミュニケーションレベル以上の他言語を深く学んでみたいなと思っています。


そう、なぜこんな話を今するかというと、私は今勉強したいことが本当に法律なのかよく分からなくなってきてしまいました。帰国後にも法学部のゼミに所属し、このまま卒業する見通しなのですが、本当にこれでいいのかなぁ〜、なんて考えてしまっています。いけませんね。

こうした言語やコミュニケーションという分野は昔から興味があって、非常に気になります。また、今国際政治の分野の授業を受けていて、そちらもとにかく面白いのです。

でも法律の勉強をするためにこの学部を選んだことは否めません。とりあえず今の勉強がひと段落したら、ネットの論文や図書館の本などを読んで、自分で他分野のことも勉強してみたいと思っています。

 

今学期の授業も残りわずかになってしまいました。とりあえず何よりも、今は履修科目の勉強をしっかり頑張りたいと思います。

 

今日は短めに終わりました!やったね!!

【日本人なのに】中国語の授業に置いていかれる話。#3

 

こんばんは、今こちらは夜中の11時です。

今は国際法の授業のディスカッションで扱った事例問題を復習しているのですが、あまりに道のりが長くゴールが見えないのでくたびれてしまいました。寝落ち防止のためにも、なんとなくこの記事を書いています。日本語を思う存分書き残せるこの時間は、私にとって至福のひとときです。。。

前回の記事は「長すぎて読む気が起きない」と沢山の方から指摘を受けたので笑、今回は短めに。

 

 

今日は私がここで学んだ、言語学習のあり方についてです。
よく、外国人はコンニチハが言えるだけで日本語話者を自称する、と聞きますよね。私はここに来るまで、そんなの嘘だろうと思っていたのですが、実はこの説イギリス人に関して言えばかなり信憑性が高い気がします。ここの学生は外国語を話すにも自信満々で、ええい考える前にとりあえず喋ってやれ!という心構えが出来ています。

 

何を隠そう、私はこのエジンバラ大学で中国語の授業を履修しています。え、なぜイギリスで中国語を?と思う方もいらっしゃるかもしれません。私はそもそも、日本の大学で第二外国語として中国語を学んでいました。ただそれ以前に私は法学部生なので、国際法や経済法分野の視点からヨーロッパを見てみたい!と、いざエジンバラへ。ただ人数制限の都合上希望する授業を取ることができず泣く泣く語学科目を選んだ、という次第です。


こんなふわっとした理由で履修した中国語ですが、今では取ってよかったなぁと心から思います。それはもちろん授業を通じて友達が沢山できたというのもありますが、それ以上に、こちらの学生がいかに外国語を学ぶか間近で見ることが出来るからです。

 

 

そもそもの大前提として、中国語を学んだ事がない方はピンと来ないかもしれませんが、中国語の発音ってべらぼうに難しいんです。えっ、でも英語の発音も難しいよね、と思ったそこのあなた。英語なんか比ではありません、英語の3倍は難しいです。具体的に言うと、中国語には声調と呼ばれる音の高低を表す4つのパターンがあり、同じmaという音節でも「マー」は「お母さん」、「マーァ」は「馬」と、音の高さにより意味が異なるのです。そのため、声調を間違えて「馬がママに乗った」なんて言った暁には、中国人に非常事態を連想させかねません。ここまで読んで、いかに中国語がクレイジーな言語か想像できたでしょうか。実際はいま想像した20倍はクレイジーと思ってください、それくらいが丁度いいはずです。

 

それに加え、中国語を複雑なものにする要素の1つが、中国人が異常に発音に厳しいということ。私たちは、外国人が「コンニチハ、オゲンキデスカ」と喋れただけでも、すごーい!と手を叩いて大喜びしますよね。でも中国人はそんなに甘くありません。私もここで何人も中国人の友達ができましたが、皆私が一言喋れば必ず発音を直してきます。そもそも言語自体が難しいので仕方のないことですが、少しくらい褒めてほしいな〜と思うほどです。


日本の大学にいた中国人の先生方も、それは然り。日本で受けた中国語の授業というのは、ゆとり世代には何とも厳しいスパルタ教育でした。隔週行われるテストでは、教科書の例文を暗唱し、発音を間違えるごとにマイナス1点。この単語の声調はこれで合っているのか、と思いながら恐る恐る例文を口にしなければいけません。まるで電流イライラ棒

 

 

しかしこちらの授業には、日本の大学のそれとは全く異なる苦労があります。何に1番困惑しているかというと、生徒たちのバッチコイ精神です。とにかく中国語を喋る、喋る、喋りまくる
こちらの授業は、あまりに教室が賑やかで、バラエティ番組の収録かと錯覚するほどです。何だこれは、アメトーーークか?しゃべくり007か?なんだなんだ??

 

 

ここの学生は、声調はぐちゃぐちゃでもとにかく実践的に話すことを恐れません。そしてもちろん口を開くたびに中国人の先生から発音を直されるのですが、そんなのぜんっぜん気にしないのです。その強靭なメンタルはどこで培ったのでしょう。あぁ、これから来たる就活シーズンに向けて、彼らのこの精神力がほしい。


先生が教室に入ってきたときでも、急ぎ足で帰るときでも、黒板を消している最中でも、いつ何時も御構いなしに思ったことを中国語で質問します。

本当によく喋るので、みんな柴田理恵に見えてきます。日本人の私にとって、いわゆる「語学の授業の時しゃしゃり出てくるやかましいヤツ」はクラスに1人くらいがちょうどいいように感じるのですが、ここではなんなら全員がそのタイプなのです。良く言えば積極的、悪く言えば収集がつきません。

また、出演者が自由人かつアグレッシブなので当然司会者の腕が試されるわけです。番組慣れした大御所ならタレントたちの良さを活かしつつ上手く回せますが、全員が全員そういうわけでもありません。こちらの中国人の先生も、完全に生徒のペースに呑み込まれてしまっています。

 

 

今学期、中国語は週に8回授業があります。ただ全て同じ内容を扱うのではなく、文法・リーディング・リスニング・スピーキングの授業が細かく分かれ、それぞれ週に1〜2回ずつ組み込まれているわけです。
「漢字」という大きなアドバンテージを持つ日本人の私にとって、リーディングなんかは大して難しくありません。私が1番苦手なのは「オーラルチュートリアル」、いわゆる会話力を鍛える授業です。1クラス10人前後で、可能な限り全て中国語で進められます。ここでは毎回、生徒同士でペアを組み特定の簡単なテーマについて中国語で話し合うワークがあります。先週のトークテーマは、「中国の行ってみたい場所」でした。

 

 

その日はいつも一緒に授業を受けている仲良しのイギリス人がお休みで、ペア相手を探す必要がありました。やる気満々のひな壇芸人たちの気迫に少し圧倒されていた私は、なんとなく目の前に座っていた女の子に声をかけました。眼鏡をかけて三つ編みをした、白人の大人しそうな子です。


10分間でお互いの「行きたい場所・そこで食べたい物、買いたいもの」についてスピーチしてみてくださいと言われ、ペアワークがスタートしました。
私が生来の日本人気質を発揮し順番を譲ったため、彼女から始めることに。すると開口一番「私は上海に行ってみたい」と。ほうほう、上海ね、確かに私も行ってみたい。そう思った矢先、早くも彼女は2言目で頭を抱えてしまいました。「上海のアレが食べたい。ホラ、あの美味しい食べ物なんだっけ。有名なお店が上海にあるやつ」と。

小籠包?いや違う。紅焼肉?いや違う違う。何個か提示してみましたが一向に答えがわからず、どんどん時間だけが過ぎていきます。私も思いついた中華料理をどんどん言ってみますが、どれも彼女が思い描くそれとは違うようなのです。3〜4分が経過したところで、半分の私は親身になって考えつつもう半分の私は「もう別の食べ物でもいいから早く進めてくれ…」なんて思い始めてしまいました。それでも彼女は決して諦めず、上海旅行に行った際口にした、あの忘れられない「何か」の面影を追い求めています。私に口出しする権利はありません。


そこで、ひらめきました。そうだ、「上海 食べ物」でググってみよう。きっとその中に答えがあるはずだ。先生の目を盗みパーカーのポケットからスマホを取り出します。右手で教科書を上手い具合に立て、それを隠す。そして空いている左手の親指でホームボタンを押し、なんとか起動させました。
その瞬間彼女が、「あ、それだ!」と言いながら私のアイフォンを指差すのです。え、なんだろう、と思いつつ目をやると私のスマホには、画面いっぱいの小籠包が。


…あ、やっぱり?それ最初に私が言ったやつやん。5秒で答え出てたやつやん。

というかスクリーン画面小籠包にしていた自分、グッジョブ。こんなところで役立つとは。


そんなこんなで、「上海に行きたい。小籠包が食べたい。」とようやくその子が言えた時には、既に制限時間の半分が経過していました。まぁ仕方ないよね、いま始めたばっかりだもんね。そのまま時間を気にしつつしばらく聞いていると、「…だからいつか上海に行ってみたい。」と、彼女が話を締めくくりました。制限時間残り2分にして、ようやく私の番が来たようです。やっと終わったか。じゃあ私は上海のすぐ近く、杭州とでも言おうかな。話す内容を頭の中で整理しつつ、口を開きかけました。すると相手が私を制するかのように一言。

 

「あともう一つ、台湾にも行ってみたい。」

 

 

まじか。まだ喋るんか。
この子、柴田理恵なんてレベルじゃなくよく喋る。まさかこの見た目で、磯野貴理子だったとは。尺を考えてくれ尺を。遺伝子に染み付いた私の日本人スピリッツが過剰に反応してしまいます。


結局その子は台湾でしたいことを1から10まで述べてやっと満足したようで、私のターンが回ってきたころには残り時間は僅か30秒ほどでした。「私は杭州に行きたい。なぜなら」と続けかけた瞬間、先生からの終了の合図が。その子も何の罪の意識もないような顔で、クルっと前を向いてしまいました。

 


その後私は、あぁもっと自分から行かないとダメなんだ、と反省しました。こんなに相手に呑まれていてはだめだ。これでは完全に、司会者の隣で頷いてるだけのパッとしない女優枠ではないか。テレビの厳しさを始めて知るタレントの如く、自分自身を省みずにはいられませんでした。

 

しかしそこで終わりかと思いきや、クラスメイトたちのおしゃべりはまだ止まりません。授業が終わり先生が教室を離れた後も、皆で中国語で会話をしているのです。「次の授業はなに?」「次は経済学だよ」と、日常会話をわざわざ中国語で。もう正直、度肝を抜かれました。

 


日本だと、英語で会話する純ジャパ同士って、イタい目で見られがちじゃないですか。意識高い、イキってるみたいな。でもそういう行為を小馬鹿にする風潮が、ここでは全くありません。

 

その時、私は重要なことに気付かされました。語学って結局、「モノマネ」が全てなんだということ。帰国子女でもない限り、ネイティブが使う言語表現の全てを理解し使いこなすなんて、まず不可能です。ただそれをひとまず真似てみることこそが上達への近道なんだろうと思います。思えば私も高校の頃、ブロードウェイの演出家気取りで日本のミュージカルの台本の英訳し、ノートに書き溜めていました。これは俗に言う「鼻につく海外かぶれ」だという自覚があったので、そのノートは誰にも見せることなく今も私の部屋の本棚に眠っています。ただ、「アメリカ人になったつもりで書いてみる」ことを通じて、私は欧米の文化により関心を持つことになり、また少なからず英語も上達もしたのだと思います。それと同じで、アメリカのドラマを見ていればその登場人物と同じような話し方がしたくなるだろうし。海外の俳優や歌手が好きなら、彼らのように英語でSNSに投稿したくなるでしょう。「憧れへのなりきり」は語学学習において欠かせないはずなのに、どうしてこういう行為って日本では煙たがられてしまうんでしょう。

 

私は中国語で楽しそうに話すクラスメイトたちの姿を見て、「あぁ、あの翻訳ノート、ちゃんと誰かに見せればよかったな」と思いました。海外かぶれと言われても、最後まで開き直ってなりきってみればよかった。そうすることで、あの時もっと英語が好きになれた気がするからです。

 

それでも今このタイミングで、「楽しみながら言語を学ぶ」、そんな姿勢を彼らから学べたことは非常に意義がありました。


現地人からしたら大したことない些細な出来事でも、私にとっては重要な何かを気付かせてくれるきっかけであったりします。常に心にセンサーを張って、生活に潜む「当たり前」を見過ごさないようにしたいと思います。

 

課題が終わらないので今日はこのあたりで。


。。。あれ、今回も普通に長い?

授業までに宿題が終わらなかった話。 #2

題の通りです。

先週、国際関係論の授業の宿題が終わりませんでした。


でも本題に入る前に、私の今までの人生における「宿題」がどれほど重要なものであったかをお話しします。
簡単に言うと、それは私の命でした。「提出日までにこれが終わらなければ私は死ぬんだ」と自分に言い聞かせながら、寝ずに取り組む時もあります。江戸時代の武士さながらの気迫と覚悟を持って挑むもの、それこそが「宿題」。これは話を面白くするための比喩ではなく、ガチです。ガチガチのガチ。そのせいで私はよく、「真面目だね」と言われることがあります。「与えられた課題をこなす」ことを「真面目」というなら、自分でもなんとなく真面目な気はしています。


ただ、最初から真面目人間なのかと言われればそうではありません。なんならそもそもは怠惰を具現化したような女です。中学受験の時なんて、自分で机に座って勉強を始めるのはテストの2時間前くらいからでした。塾から帰っても教科書の復習なんかしません。図書館で借りた小説を読むか宝塚のDVDを見るかして、ベッド直行。小学生にして、OLの休日かとツッコミたくなるような毎日を過ごしていました。


そんな私の意識が変わったのは中学に入ってからです。小学生の頃は全く関わりがなかった英語を学び、その面白さにどんどんハマりました。この言葉は英語でなんと言うのか、さらにその語源まで調べるととにかく奥深い。また読める本のバリエーションが海外のものまで広がり、英語の勉強が楽しくて仕方がありませんでした。そのため毎週英語だけは、宿題プラスさらにその先の範囲まで自分で勉強を進めていました。そんなことを積み重ねていくうちに、忘れもしない中学3年生の夏休み前、あれは確か2時間目でした。1人ずつ宿題のノートが返却される際、私はついに言われてしまうのです。あの言葉を。「いつも真面目にやっていて偉いですね。」


例えば皆さんがただ単純にピーマンが好きだとして、ピーマンをバケツいっぱい食べていたところ、通りすがりの人に「体に悪いものじゃなく、野菜をちゃんと食べていて偉いですね」と言われたとします。別に大変な事をしたわけじゃないけど、なんとなく嬉しいですよね?それと一緒で、他人に「ちゃんと宿題をする人」とレッテルを貼られると、剥がすのが惜しいような気がしてくるんです。だって実は中身は、ポテチ好きなポンコツOLのままなんですもん。そんなことできるだけ隠しておきたいじゃないですか。またそのうちに、宿題を忘れたり授業に遅れて来るといった「不真面目な行為」が一般的に「ダメな人間」という認識と結びつけられがちであることを知るように。そして段々「宿題をやる人」のレッテルを剥がすのが怖くなり、塾でも学校でも、キツくても毎日全ての課題をこなすように。当時の私は「宿題をこなすこと」とは、弱い自分を隠しつつ強健な自分を演出できる盾なんだと思っていました。その盾があるからこそ私は自信を持って大人たちを味方につけて戦える、だからやらなくてはいけない。そうやって自分を追い詰めれば、もちろん周りは褒めてくれます。今日も宿題をやってきてるね、偉いね、と言われると次もしっかりやらなくてはいけない。周りに評価されそれに応える、その連鎖でついに中身まで本物の真面目人間になってしまったように思います。大学に入ってからも、「宿題やってこれなかったけどまぁいいよね」なんて人の話を聞くと、自分のことでもないのに恐ろしくてたまらず、この人を助けなければ!という義務感に駆られるほどです。
ここまでとは言わなくても、やらなくてはいけない仕事や課題に異常にとらわれがちになる人は意外と多いのではないかと思います。特に日本人は勤勉なので、私の周りにもそんな人は少なからずいます。


ただ私の大きな問題点は、特に勉強の効率が良いわけではなく、生まれつき頭が良いわけでも、ましてや勉強大好きマンでもないことです。だからべらぼうに大変な思いをしながら、「課題が終わらず切腹」なんてことだけは避けようと毎回がむしゃらに取り組んでいたのです。そしてそんな侍ガールが、海外大学に留学をしたらどうなるか、想像はつくでしょうか。先週の国際関係論の授業で、私は今までの学生生活で1番「宿題」という刃に追い詰められました。

こちらの大学では、ひとつの授業が週2回のレクチャーと週1回のチュートリアルで構成されています。レクチャーは日本の大学にもよくある、200〜300人規模の大教室で行う講義のことです。対してチュートリアルはディスカッション形式で行われる授業のことで、1クラス10人前後に分かれ授業で扱った内容について討論します。ここでのディスカッションの準備のために、毎週論文や教科書を読む課題が出るといった具合です。
私は本来は法学部生なのですが、イギリスのEU離脱などこちらの政治事情に興味があり、国際関係論の授業を履修しています。2年生向けの授業だし、まぁ大丈夫でしょ〜と取ったのですが、、、
このリーディング課題が、とにかく膨大なのです。本当に読ませる気ある?と聞きたくなるくらいの量を、教授は平気で出してきます。
先週のリーディング課題は、こんな感じ。

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この画面いっぱいに見えるもの全てが、読んでくる本や論文のタイトルです。
…いや、多すぎる!!!


私の国際関係論のチュートリアルは水曜日の朝9時からでした。それでも前の週に半分くらいは読み進め、前日には残り半分というところまで来ていました。ただ前日の夜は用事があったため、寮に帰ってきたのは夜10時頃。夜ご飯を食べシャワーを浴びた後、11時半頃になってようやく戦闘態勢に入りました。今夜がヤマだな、まずはどの論文から仕留めようか、と考えを巡らせながら机に向かいます。そして自分のMacBookを開き、課題論文のpdfファイルを探しながら、椅子に腰を下ろしました。

 

次の瞬間、首に何か重いものを乗せられているような違和感を覚え、目が覚めました。真っ先に目に入ったのは、真っ暗なパソコンのスクリーン画面。あれ、リーディング課題は?そう思いながらあまりの痛みに耐えきれず首に手を当てた瞬間、身に起こった全ての状況を理解しました。なるほど、つまり私は常人ではあり得ないほどの猫背の姿勢のまま寝落ちしてしまったのだ、と。
そのままパソコンの表示時刻見ると、朝8時。授業まであと1時間。やばい、読み終わらなかった。今日のディスカッションは確実に置いていかれる。あと、首が痛すぎる。やばい。今夜絶対にアマゾンで猫背矯正ベルトを買おう、いやそんなこと考えている場合じゃない、と脳内が過去最高に混乱を極める中、急いで身支度に取り掛かります。
歯を磨き着替えを済ませ多少の落ち着きを取り戻し始めた頃、そもそも今日の授業に行くべきなのか迷いが生じました。これはもう行かなくてもいいんじゃないか。なんなら具合が悪い気がする。もしかして熱があるんじゃないか。そうだ、昨日隣の席の子が咳してたからワンチャンある。とりあえず測ろう。…安定の36.2度。ベスト体調すぎる。なんなら9時間近く寝たし、健康優良児かよ。やばい。行くしかない。やばい。
本当に崖っぷちに立たされた時は人間、語彙力が著しく低下するものです。私は「やばい。やばい。マジやばい」とつぶやきながら寮を出て、学校に向かいました。ただそんな時でも、テスト前の女子高生か、とセルフツッコミ出来る心の余裕は一応ありました。


教室に着くと、もう既にディスカッションは始まっていました。よしここからが本当の闘いだぞと覚悟を決め、席につきます。最初の議題は、幸いにも読んできたリーディングの内容からでした。分かる。話せる。良かった。そう思った矢先、先生が次のワークの説明を始めました。なんと、生徒同士でペアを組まされ1対1でのディスカッションをすることに。それぞれ議論を進め、その成果を1組ずつクラスの前でプレゼンするというものです。しかも私のペアは、こちらも交換留学生のフランス人の女の子。そして議題は、昨夜読むはずだった「フェミニズムの視点から見た国際政治経済の枠組み」について。英語が第1言語でない相手と、ワケが分からない議題で討論しろと言われている自分。19年間生きてきて、自分の心臓の音が聞こえたのは初めてのことです。


ついに、一騎打ちのディスカッションが始まりました。開始2秒、相手の発言にそれとなく頷いていれば乗り越えられるんじゃないかと画策していた私は、早くも目の前に刃を突きつけられることになります。相手がいきなり「まあとりあえず、あなたはどう思う?」と聞いてきたのです。あぁ先手を取られた、ここまでの命だった。私は非難されるのを覚悟で、彼女に「リーディング課題をこなしきれなかったからさっぱり分からない」と伝えました。申し訳なさと呵責の念で胸がいっぱいでしたが、それがその時私が言える唯一の言葉でした。すると相手は、「分かった。」とひとことだけ言い、黙りこくってしまいました。…あぁ、相手は私を斬ってさえくれなかった。これは切腹だ。日本の恥だ。自分の過ちで他人に迷惑をかけるなんて、もってのほかだ。そのまま4〜5分が経過し、私も彼女もパソコン画面を注視し続けるという側から見てもシュールな光景に。…冷静に考えて、今この状況を切り抜けないことには仕方がありません。でもなんて言えばいいんだろう?かなり迷いましたが、その子に正直に伝えることにしました。「あなたはどう思う?本当に分からないから、どうかプレゼンを助けてほしい」。するとその子は笑顔で、「あぁいいよ!」と答えてくれたのです。彼女はさらにこう続けました、「多分私が考えるに○○○っていうことだと思うから、それを発表するね。リーディングは長いけど、大体書いてあることは○○○○ってことだから後で読んでおくといいよ」。
結局その後のプレゼンも、その子が主導で進めてくれました。私に浴びせられた先生からの質問には、いつかの船場吉兆の女将を彷彿とさせるささやきボイスで、耳元でボソッと答えを教えてくれました。


この授業のあと真っ先に思ったのは、あぁ、天使っているんだな…ということです。それと同時に、「宿題やらない=この世の終わり」という数式を信じていた私の中に、ポンっとかつての干物OLが再来しました。「なんだ、宿題ってやらなくても意外とイケるじゃん」


きっとこんなことを当時の中学の先生に言うと、変わっちゃったね…って寂しそうな顔をされると思います。でもこの経験で、私は前より課題に取り組むことが辛くなくなりました。リーディング課題がずっと面白く感じるし、ディスカッション準備も前より苦ではなくなりました。ここで初めて、「宿題」を「大変なもの」と決めつけていたのは先生でも周りの大人でもなく、他ならぬ私自身だったんだと気付かされたのです。

宿題をするかしないかが勉強の全てではなく、それによって自分の価値が上がるわけでも下がるわけでもない。本来、学習というのは強いられるものではなく自分でするもの。そういえば私が英語を学び始めたときは、自分で進んでしていたことだから楽しくて仕方がなかった。最近ようやくあの時の感覚を思い出せるようになりました。
また、これは宿題に限らず他人から与えられたタスク全てに共通することですが、実はやらなくても意外となんとかなるし、周りも助けてくれたりするものですよね。それに頼り切るのは良い事ではない気がしますが、自分がそこから何かを学べればいいんじゃないでしょうか。私はこのことを知って、もっと気楽にこちらでの勉強と向き合えるような気がしています。

 

少しだけ「つまらない自分」の殻を破れたなぁと思った、そんな経験でした。